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洗脳とスピリチュアル

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「スピリチュアルは洗脳でしょうか。洗脳から身を守るためにできることはありますか?」

 

スピリチュアルは、洗脳になり得ます。

 

なぜなら、スピリチュアルはある種の変性意識状態を創り出し、その意識領域で自己改革を行うことが可能だからです。

 

 

洗脳を行う時は、変性意識が使用されます。

 

変性意識とは、通常の意識状態とは異なり、実際には存在していない音が聞こえる状態になったり、または見えないものについてリアルにそれが在ると感じれるような臨場感を体験する意識状態のことです。

 

 

たとえば、変性意識には恍惚感や感動体験を引き起こすことのできる意識状態もあります。

 

これを肯定的に使うなら、心身の健康維持に役立つものになり得ると言えます。

 

変性意識状態を通して、喜びや至福、慈しみや思いやり、感謝を体験し、適切なアンカリングを行うことで、日常で問題となっていた苦手意識を克服したり、自己肯定感を高めることもできるでしょう。

 

これは、肯定的な意味合いとしての洗脳だと言えます。

 

この場合、ネガティブな意味合いの洗脳とは認識されず、結果的に良い体験として認識されます。

 

なので、冷静に洗脳という観点から考えると、ほとんどのスピリチュアルが変性意識に働きかけるものなので、大なり小なり、一種の洗脳が含まれるものだと言えます。

 

 

一方で、変性意識は喜びや歓喜といった至福の体験だけでなく、真逆の体験を引き起こすこともできます。

 

たとえば、不安や恐怖を変性意識の状態で体験させ、何らかのアンカリングを行うという手法です。

 

この場合、行動制限をさせたり、自由意志を奪い、半ば奴隷のように手なずけるための手口として、洗脳が使われる可能性もあります。

 

こうした洗脳に染まらないよう、自分で自己防衛をしておく必要があります。

 

 

また、日常的な洗脳はたくさんあります。

 

テレビについて考えてみましょう。

 

テレビから流れる様々な映像と特殊な効果音を体験すると、臨場感が高まります。

 

見続ければ見続けるほど、テレビと一体になり、あなたの思考にテレビの思考が入り込みます。

 

そして、いつの間にか、番組の制作者や広告代理店の意図の通りに動くよう、無意識に洗脳されてしまう可能性も否めません。

 

 

もっと言うと、学校教育も洗脳になりますし、ある特定の組織や集団の中で仕事したり行動することで洗脳にが入ることもあります。

 

親が子供に言い聞かせる時に使う言葉や態度もまた、子供にとっては強烈な洗脳体験になります。

 

 

究極的には、人間として地球上で経験することそれ自体が、何らかの洗脳によって成り立っているとも言うこともできるでしょう。

 

 

望まない洗脳からご自身の身を守るために必要なことは、あなたが人生でやりたいこと、本当にしたいことを行うことです。

 

そして、あなたの人生の責任を自分で引き受けることです。

 

やりたくないことをやっていると、多かれ少なかれ、人生で起こる結果に対して、自己責任を持てなくなります。

 

こうなると、「本当はやりたくなかった」と言って、自分で責任を執ろうとしなくなり、言い訳して自分の行動を制御してしまう古いパターンが出来上がります。

 

重たくて古い心の癖やパターンが出てくると、無気力になり、自分を肯定てきなくなるので、外界からの洗脳、とくに否定的な暗示の洗脳に掛かりやすい状態になってしまいます。

 

 

しかし、あなたが人生で本当にやりたいことをやっていると、結果がいかなるものであれ、あなたは自分の人生の結果を受けとめることができるでしょう。

 

そして、失敗を失敗として捉えずに、学びの機会として受けとめ、次にもっと良くなると思って、自主的に前に進むこともできるでしょう。

 

つまり、あなたに生きる目的や希望があり、喜びや感動の変性意識を自分で創り出せるなら、外界からの洗脳に惑わされずに済む、ということです。

 

そして、自分の活動にやりがいを感じるので、自己を肯定的に捉えることができるようになります。

 

 

スピリチュアルであれ、宗教であれ、自己啓発、教育、マスメディア、テレビ、ビジネスなど、すべてが洗脳になり得ます。

 

そして、人間の体験が洗脳で溢れていることを念頭に置いておくことは、あなた自身の心と身体を守り、健全で賢明な道へ進むことにつながります。

 

 

洗脳からより良く身を守るためには、識別力を養っておく必要があります。

 

識別力を養うためには、健全な意識で情報を取捨選択する能力を高めておくことが大切です。

 

健全な識別力があれば、他人軸に左右されることなく、自分軸を保てます。

 

 

まとめると、あなた自身の自分軸を大切にするうえで役立つのであれば、スピリチュアルや宗教、自己啓発などについて、あなたの自由意志で活用すればいいのです。

 

もしもあなたにとって役に立たないと感じるなら、あなたの人生からそれらを手放していけば済むことです。

 

 

 

・・・「ダンマパダ」(法句経)という、釈尊(ゴータマ・シッダッタ、ガウタマ・シッダールタ)の言葉には、以下のような一節が残されています。

 

「汝自らを灯火とし、汝自らを拠り所とせよ」

 

「ダンマ」とは仏教用語の「法」「ダルマ」のことであり、日本語で表すと「真理」と訳されます。

 

「パダ」とは「言葉」という意味です。

 

つまり、「ダンマパダ」とは「真理の言葉」のことです。

 

ご存知のように、釈尊は生前、経典を作ることや偶像崇拝を禁じていました。

 

なので、生きていた頃の釈尊の言葉をそのまま書き残した経典は、事実上、現存しないとされています。

 

そうした中、「ダンマパダ」や「スッタニパータ」などの経典に残されている言葉は、ほぼ生前の釈尊の言葉を伝承したものでないかと言い伝えられています。

 

釈尊が語った言葉、「汝自らを灯火とし、汝自らを拠り所とせよ」を現代風に言うと、次のような感じになるでしょう。

 

「人生の拠り所は、いつどこへ行こうとも、最終的にはあなた自身です。拠り所となる自分とは、世俗的にまみれた自分のことではありません。法(ダンマ、ダルマ)という真理、つまり、現実世界を超越した自己こそが、自分の人生の拠り所になります。自らの光で照らしていくので、どこまでも光を絶やさずに行くことができます。これが、あなたにとっての最高の導き手になるのです。」

 

 

・・・二千五百年前の釈尊の言葉の中に、現代的な問題としての洗脳を解くためのヒントがあります。

 

あなた自身が、自らの光になればいいのです。

 

そして、自らの光で照らして進むなら、あなたは外界からの洗脳に左右されずに、己の道を歩むことができるでしょう。

 

この時、あなたと万物との間には、一切の幻想が存在しません。

 

あれがあるから、これがあり、 これがあるから、あれがある。

 

つまり、仏教で言うところの「縁起」「縁(よ)りて起こる」の状態になります。

 

 

あなたがあなた自身の光であるならば、あなたの人生の舞台に擬人化された神を登場させる必要はありません。

 

また、神格化した存在に帰依する必要もなくなるでしょう。

 

あなたの上に、誰か崇拝すべき人物を掲げる必要もなくなります。

 

 

あなたが光なら、純粋な原体験の中で、関係性を通して生きることに感謝し、一瞬一瞬、あるがままを感じて、その喜びを楽しむでしょう。

 

そして、日々の暮らしを祝福し、尊敬と敬意をもって、万物にそっと微笑みかけることができるでしょう。

 

 

その時、今この瞬間に慈悲に満ちた無限の可能性が拓きます。

 

あらゆるつながりの中で、今ここに在ることに歓喜する。

 

 

これが、スピリチュアルを含めたあらゆる洗脳、幻想からの目覚めです。

 

そして、それこそが、あなたの人生における最終ゴールになるでしょう。

 

 

どうか忘れないでください、 あなた自身があなたの光であり、最高の導き手であることを。

 

 

そして、そうなります。

 

 

 

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