本来持っている力を取り戻してくれてありがとう

自然と神と人間と。

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質問:「最近、あるスピリチュアルな学びの場所で、『ハイアーセルフとは守護霊やご先祖の霊のことである』と教わりました。私は心で受け入れられるものを選ぶようにしていますが、本当のところ、どうなのでしょうか?」

 

 

惑星、地球、自然は、あなたと共にあります。

 

地球の意識、ガイアは、あなたが誰であるかを知っています。

 

ガイアはあなたが神聖なスピリット、聖なる生命であることを知っています。

 

地球の構成要素のすべてに、神聖な意識が存在しています。

 

自然があるので、人間も存在しています。

 

意識がすべてを創造しています。

 

 

・・・今回のご質問に答える前に、まず、地球に存在する宗教について振り返ってみましょう。

 

現在の地球上で最も影響力のある宗教は、キリスト教です。

キリスト教は、地球の人口の約31.5%、22億人が信仰しているとされています。

ご存知のように、キリスト教の教えには、旧約聖書と新約聖書があります。

 

旧約聖書とは、キリスト教の前身であるユダヤ教の教えです。

ユダヤ教は、紀元前13世紀頃に形成された信仰です。

ユダヤ教が誕生した場所は砂漠地帯でした。

乾いた大地は、人間にとって過酷な環境です。

過酷な砂漠では、神という存在は厳しい存在であると思わざるを得なかったのかもしれません。

それが、絶対的な力を持つ唯一神こそが神であるというユダヤ教の信仰につながったのではないかと思われます。

また、昔のユダヤ人たちは、エジプト第19王朝のもとで奴隷として扱われていたため、そこから脱出する必要に迫られていました。

それが、モーゼの指導で行われた「出エジプト」の物語です。

やがて、出エジプトの成功には神がいたと考えるようになりました。

こうして、ユダヤ教は、ヤーヴェ(ヤハウェ)を唯一神として崇拝することで団結力を維持してきました。

ユダヤ民族は、土地をもたないディアスポラ(離散の民)であるため、ユダヤ教という信仰が同族を結びつける絆になりました。

そして、唯一神への絆は強固なものになっていきました。

 

旧約聖書によると、神が先にあって、その後に人間が創られたとされています。

神と人間は契約関係にある。

それを信仰する民族だけが救済される。

ゆえに、ユダヤ教はユダヤ民族のための宗教だと言えます。

そしてそれが、旧約聖書の教えの基盤になっています。

 

これに対して、新たな教えを提唱したのが、イエス・キリストです。

今から約二千年前、イエスは「神は無条件の愛をお与えになる存在だから、神と人間が対等な契約関係にあること自体がおかしい」と訴えました。

当時のユダヤ人は、イエスの存在に敏感に反応しました。

その時代、イスラエルを統治していたのはローマ帝国です。

ユダヤ人は、ローマ帝国から派遣された総督ピラトに、イエスを捕らえるよう訴え出ます。

ピラトはイエスに尋問しましたが、罪は見当たりませんでした。

ピラトの妻も「この人には罪がないから助けてあげて」と懇願しました。

それでも尚、ユダヤ人の訴えが強くあり、最終的には総督ピラトはイエスを十字架刑に処することに決めました。

ユダヤ人は、自分たちの手を汚すことなく、イエスを磔(はりつけ)にすることに成功しました。

一方で、イエスの死によって、神と人間との間に存在していた古い契約が解除された、という新しい解釈が生まれました。

これが、古い契約に対する新約の教え、いわゆる新約聖書、キリスト教の教えになります。

 

イスラム教は、ユダヤ教やキリスト教よりも後の時代に生まれました。

610年、メッカの商人だったムハンマドが、アッラーを唯一神とする形でイスラム教を創りました。

その後、教団の拠点として、メッカにカーバ神殿を建てました。

そして、信仰の拠点として、イスラム教によるアラビア半島の統一が起こります。

ムハンマドの死後、後継者のもとでイスラム教の経典:コーランが作られます。

コーランの教えによると、アッラーがすべての中心に在り、アッラーに任せる生き方をすることが教えの中心になっています。

諸説ありますが、イスラム教はユダヤ教から分かれたのではないかとする考えもあります。

 

 

さて、日本について見ていきましょう。

 

日本古来の信仰には、自然への畏敬の念が豊かに繁栄されていました。

それは、神道の「自然信仰」が基盤になっていると言えます。

神道の自然信仰には、死者の霊を神として祀る「御霊信仰」(みたましんこう)と、民族的な統治者を敬う「皇祖霊信仰」(こうそれいしんこう)の二つがあります。

日本の神話をもとに書かれた古事記と日本書紀には、自然と神々の話はあっても、他の宗教のような「戒律」は存在しません。

それはまるでギリシャ神話のように、神々が人間的な感情を持つ存在として描かれた、非常に興味深い物語になっています。

 

日本の縄文時代は、約1万5000年前から始まったと考えられています。

縄文時代の日本では、縄文末期になるまで、戦いで死ぬ人はほとんどいなかったことが、発掘調査で見つかった人骨の分析から明らかになっています。

戦争がなかったということは、奴隷もいなかったということです。

縄文文化の日本には、人間を奴隷にして取引をするという考え方はありませんでした。

なので、奴隷取引を管理し記録するために文字を使うようなことは、縄文時代の日本にはまったく必要ありませんでした。

ゆえに、古代の日本では文字を発達させる必要がなかったのではないかと考えられます。

 

その後、6世紀に大陸から仏教が伝来。

漢字という文字が伝わりました。

当時の古代日本には、既に「神代文字」があったとする説があります。

神代文字は物部氏が司っていたとされています。

そして、神道を重んじる物部氏と、仏教伝来に一役買った渡来系の蘇我氏との間で、信仰と覇権を賭けた争いが生じます。

結果的に蘇我氏が勝ったので、仏教が朝廷で重んじられることになりました。

その後、大和朝廷は大陸からもたらされた漢字を使って記録を残すようになりました。

世界最古の木造建築である斑鳩の法隆寺は、この時代に建立されました。

日本では縄文時代から木造建築技術と計測に必要な尺の概念が存在していましたので、飛鳥時代の人々は渡来人と共に高度な建築を創ることができました。

 

ちなみに、仏教は、2500年前にインドで生まれた宗教です。

釈迦が説いた仏教は「苦しみのない生き方をするためにどうしたらいいか」、その具体的な方法を説いた教えでした。

インドには伝統的にアートマンと呼ばれる「真我」の考え方がありました。

こんにちのスピリチュアルな概念において、「ハイアーセルフ」と呼ばれる意識があります。

これは、後に西洋と東洋の信仰思想や哲学的な融合を試みた神智学の研究に由来します。

つまり、現代的なスピリチュアルの「ハイアーセルフ」は、もともとはインドの真我の概念から来ているものだったと言うことができます。

 

ここで注目してほしいのですが、仏教を開いた釈迦は真我を否定していた、ということです。

釈迦は「我はない」と教えました。

あるのは「縁起」、つまり、あれがあるからこれがあり、これがあるからあれがあるという、「縁(よ)りて起こる」の境地でした。

 

物事は変化し移り変わる。

五官で感じることや浮かんでは消える想念に執着しない。

呼吸に意識を向けて、今に在りなさい。

 

これが、仏教の教えの基盤になります。

 

そして、仏教では悟ったら終わり、ではありません。

釈迦が悟りから目覚めて立ち上がったように、実際に行動に移して衆生(しゅじょう)を救うという仏教の在り方は、一般的に大乗仏教と呼ばれます。

(これについて上座部仏教の立場からの反論もあると思いますが、今回の本題から逸れますので割愛させていただきます。)

 

日本に入ってきた仏教は、中国大陸を経由していました。

中国に入ってきた仏教は、儒教や道教の影響を受けて発展していました。

なので、日本に伝来した仏教は、釈迦が2500年前に説いた教えそのものではなく、古代の大陸的な信仰が加えられた仏教だったと言うことができます。

 

そして、古代の日本人たちは、自然信仰と仏教の教えを融合させることに見事に成功しました。

やがて、本地垂迹説を唱え、神仏習合として自然の神々と御仏を共存させる信仰を維持してきました。

これは、地球の歴史や宗教の観点から観ても、かなり稀(まれ)なことです。

通常、異なる宗教の施設は、一定の距離を置いて建立することが多いです。

でも、日本の場合は違いました。 神社とお寺が隣接し、同じ敷地に建てられることがありました。

それだけ、日本の民族は自然信仰の中で上手に取り入れる智慧を持っていたということになります。

 

 

では、ここからは、現代的なスピリチュアルについて、見ていきましょう。

 

現在の日本でブームになっているスピリチュアルな教えの多くは、キリスト教の「神の愛」の教えの影響を色濃く受けています。

日本人のキリスト教徒は全人口のたった1%です。

にもかかわらず、キリスト教的な神の愛の概念が日本で広まっているとするならば、それは昨今のスピリチュアルブームに由来するところもあると考えられます。

また、日本で広がっているスピリチュアルは、主にチャネリングと呼ばれる、高次の意識とつながってメッセージを伝えるハイレベルガイダンスが基盤になっているように見られます。

 

チャネリングは、主に変性意識で行われます。

これには大きく分けて、「トランスチャネリング」と「コンシャスチャネリング」があります。

「トランスチャネリング」は、完全に心と身体をを明け渡して、深い変性意識で行われるチャネリングです。

たとえば、エドガー・ケイシーがこのタイプのチャネリングを行っていました。

地球の波動が古かった時代は、トランスチャネリングが主流でした。

一方、1980年代以降に盛んになった「コンシャスチャネリング」は、人間の意識を保ちながら、同時に高次の意識とつながってメッセージを降ろす方法です。

日本でよく知られているダリル・アンカによるバシャールのチャネリングは、主にコンシャスチャネリングに分類されるでしょう。

 

現代的なスピリチュアルのチャネリングでは、聖書に登場する天使についても、聖書的な意味合いとは異なる、新たな解釈が付け加えられています。

仏教の観自在菩薩(観音、クァンイン)についても、現代的なチャネリングの中には、本来の般若心経の文脈とは異なる、キリスト教の神の愛の概念が入っているものも見受けられます。

そのほか、銀河や宇宙との交流について説いたチャネリングもあります。

プレアデス、アークトゥルス、シリウスなどのスターシステムに関するチャネリング情報や、太陽や惑星の意識にアクセスするもの、そして、前述したバシャールのように、宇宙のエンティティとの交流をベースとしたチャネリングもあります。

 

チャネリングの源流は、おそらく西欧のミディアムシップ(降霊術)の在り方から発展したものではないかと考えられます。

そうした流れの中で、20世紀前半、エドガー・ケイシーのように、トランスチャネリングを行って人々の心身の治療にあたることのできる人物が登場したことは、非常に興味深いことです。

 

少し時代が遡りますが、16世紀以降に活発になった西洋諸国による植民地支配も、皮肉なことにスピリチュアルな交流をもたらす要因を作り出しました。

西欧諸国が、アフリカ大陸、南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸などへ進出したことによって、植民地の先住民族が信仰していた精霊信仰やアミニズム的な教えとキリスト教が遭遇する機会が生まれました。

もちろん、宗主国の支配によって、既に地球上から消えてしまったネイティブな信仰もたくさんあったことでしょう。

そうした時代の潮流を経ても尚、西洋と東洋の信仰を融合し、真我探求を試みようとする動きもありました。

そして、近代的な神智学がキリスト教圏内で研究されるようになりました。

神智学協会では、キリスト教や仏教、ヒンドゥー教、古代エジプトの信仰など様々な宗教を織り交ぜて、普遍的な神聖な真理にたどり着こうとしていました。

近代神智学については、明治時代以降の日本人の学者たちの中にも研究材料として入ってきていた形跡が見受けられます。

 

洋の東西を問わずに信仰や神秘的な教えを融合しようとするこれらの動きは、20世紀後半のアメリカで起きたニューエイジ思想や、ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメンツ(人間性回復運動)などに影響を与えました。

ニューエイジとは、魚座の時代(パイシス)から水瓶座の時代(アクエリアス)へ移行するという、西洋占星術に基づいた思想体系です。

そして、戦後の日本では、欧米的なライフスタイルが日常的に浸透していったため、日本古来の自然信仰や仏教的な信仰も残しながら、同時に外国由来のニューエイジ思想が混在する、ユニークな土壌が生まれました。

 

日本では、1980年代から90年代に「精神世界」という名前でニューエイジ思想が広がりました。

これには、ハーバード大学心理学教授のラム・ダスの著書「ビー・ヒア・ナウ」が精神世界の経典であるかの如く世界各国でヒットしたことが関連しています。

後に日本語版としても発売されたことで、日本の精神世界に大きく影響したと考えられます。

ご興味がおありの方はお目を通していただけると参考になるかもしれません。

 

 

しかし、ここで忘れてはならない事件が起こります。

 

それは、オウム真理教事件です。

日本の精神世界の潮流は、20世紀末に起きたオウム真理教によるテロリスト事件によって一変します。

オウム真理教は単なる宗教団体ではありませんでした。

それは国際的なエージェントが注目する組織でした。

オウム真理教には高学歴で優秀な人材が多数所属していました。

官公庁の官僚の中にもオウム信者がいるほどでした。

そして、オウム真理教は、破壊的活動を行うための機器を作っていました。

1995年、オウム真理教の信者たちは、東京都内の地下鉄で神経ガスのサリンをばら撒き、無差別殺人事件を起こすという悲劇を生みました。

 

精神世界や宗教、信仰が極端に行き過ぎてしまうと、洗脳になってしまう危険性があります。

洗脳された者たちは、正常な良識や判断力、社会性を失い、他者からコントロールされやすくなります。

こうした過去が日本の宗教の信仰や歴史上にあったということを、私たちはもう一度、歴史から学んでおく必要があります。

 

 

そして、その後、日本の精神世界は「スピリチュアル」という呼び名に変わり、再びムーブメントが起こります。

 

現代的なスピリチュアルは、地球という枠組みを超えたレベルで、宇宙や銀河の尺度から生命進化を見つめる方向に進んでいます。

現在的なスピリチュアルは、アセンションやシフトと言った言葉に代表されるように、単なる宗教や信仰の枠組みではなく、最先端の科学的知見をも視野に入れた、未来目的型志向に変化しています。

 

現代的なスピリチュアルブームには、一見すると、世界平和や環境保全なども含めた、国境を越えて人種の壁をなくすグローバル化を重視した、理想的な人類世界を創造するためのムーブメントのように見えるところがあります。

しかし、その背後に、左翼系の新共産主義や、社会主義による革命理論につながりかねない、洗脳の危険性が潜んでいることも、完全には否定することはできません。

洗脳が強くなると、視野が固定化され、それ以外の考え方やものの見方を受け入れることができなくなり、支配構造に組み込まれやすくなります。

その状態が続くと、人間とロボットをつないだ近未来的なテクノクラシーを基(はじめ)とする、一部のエリートだけが世界を支配するという全体主義的な高度管理社会への危険性を助長しまう可能性もあります。

 

大事なことは、人間としての尊厳を忘れないようにすることです。

 

そして、人間とは、自然の恩恵によって生きることのできる生命体です。

 

生命としての喜びを生きるために、それぞれの信仰の自由を尊重しながら、同時に、地に足の着いた知識を養い、健全な疑念を持ち続けることを忘れないようにする必要があります。

 

 

・・・ここまでお読みいただいた賢明なあなたなら既におわかりのように、宗教や信仰の背景には、それぞれの土地、気候、歴史、文化、科学などの影響が色濃く反映されています。

時にそれは、政治的にも経済的にも利用されます。

 

そのうえで、最初のご質問:「ハイアーセルフは守護霊やご先祖の霊か」の問いに戻るなら、こう答えることができます。

それは、日本に伝来した仏教的または禅的な要素である「真我」、キリスト教の「神の愛」、日本古来からの思想である先祖の霊を崇める「御霊信仰」などが融合した、独特な信仰概念であると位置づけることができるのではないか、ということです。

また、ご質問にあるような、ハイアーセルフ(真我)を守護霊や先祖の霊と一体化させる教えは、ある意味、アミニズム的な要素も含まれるかもしれませんし、アメリカで発展したニューエイジ的なスピリチュアル思想と日本古来の御霊信仰の融合だと見做すことも可能だと思います。

 

注意点としては、もしも不安や恐怖を煽って何らかの信仰に勧誘する兆候がある場合は、先ほども申し上げましたように、健全な疑念を持つことが大事ですし、冷静さを保つように心掛けた方が良いかもしれません。

 

最終的なご判断は、ご自身でなさっていただければ幸いです。

 

 

神が先で、その後、人間が生まれた。

自然は人間のために存在する。

これが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に伝わる、唯一神の信仰です。

 

自然が先で、その後、神が生まれた。

そして、自然の中で人間が生かされてきた。

これが、日本古来から続く自然信仰です。

 

そして、地球上の信仰について、宗教的、文化的、歴史的、政治的、経済的な背景を見つめ、科学的な観点からも多角的に観ていくことで、一人一人の中で、信仰へのものの見方が新たに変わっていくのではないかと思います。

こうした情報が、あなたのスピリチュアルな探求に何か一つでもお役に立てるものがあれば幸いです。

 

 

・・・地球、母なる星、ガイアは、人間を愛しています。

 

地球の自然、海や山、川、木々や草花に、大いなる慈愛の精神を感じる瞬間。

それは、信仰というよりもむしろ、人間が生来的に持っている力、心と身体で感じることのできる力、人智を越えた遙かなる大いなるものや高次の意識との架け橋、共感能力なのかもしれません。

すべての万物に神聖なるいのちの力が宿っています。 動物も植物も鉱物も、有機物も無機物も、分子や原子、量子状態に至るまで、あらゆるものの中に、無限の叡智が存在しています。

 

ご自身の信仰にどのような価値を置き、選択し、どう行動するかは、すべてあなた次第です。

大事なことは、宗教や信仰、スピリチュアルの名のもとに、二項対立的で自己破壊的な批判理論を持ち出す必要はない、ということです。

 

今を生きる人間として、そして、地球という共同体に属する一員としても、これから先の未来をどのように創造していくことが可能か。

こうした新たな高い視点を忘れないようにすることが、今、地球の人類に求められていることなのではないのでしょうか。

 

 

意識がすべてを創造します。

 

あなたの未来は、あなたから始まります。

 

あなたは愛され、育まれ、生かされています。

 

あなたがあなたのマスターです。

 

 

そして、そうなります。

 

 

 

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